大井川を歩いて渡る
♪ ~ 箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川
『東海道五十三次・嶋田』
広重の絵は、大井川の渡しの様子

当時の人々は苦労して大井川を渡らなければなりませんでした。

水路橋を歩いて、神座(島田)~横岡(金谷) へ。


大井川の水は

今は徹底して利活用されている。橋面の下は水路になっていて


大井川から引き込んだ水が勢いよく音をたてて流れている。


水路橋を渡りきり、対岸の神座方面を返り見る。

水路橋を後にして

のどかな横岡の風景



田園風景~新東名高速道の高架下を通り


新東名の上に架かる牛尾山西跨道橋を横断


熊野神社のオオクスノキ



抹茶クッキー。 今朝焼いたと言うクッキーにはSHCと焼印が入っている。


左側に見える小高い丘は牛尾山。(戦争遺跡の牛尾実験所跡がある。)
ここは、強力電磁波兵器を極秘研究していた島田実験所の疎開先として建設中だった太平洋戦争末期の遺跡

大井川河川敷にあったセンダンの実。
花が散ると緑色の実がなり冬は黄色く色づき落葉後にもに実が残る。


『東海道五十三次・金谷』

金谷側から新大井川橋を渡り島田へ。(参加者24名全員無事帰着)

12月のおはようハイキングは「大井川を歩いて渡る」と銘うって、島田市を通過する大井川の一部分を周回するコースにしました。2年前に同じコースを歩いているし、空っ風が吹く道を、どれくらいの人が歩いてくれるか心配していました。でも、大勢の参加者(ゲスト含み24名)があり、計画通り歩くことができました。皆さん研究熱心で所々で立ち止まって看板に見入り、解釈しながら進んだので帰着時間が予定をオーバーするほどでした。特に水路橋と、牛尾実験所跡に興味が集中したようですから、今回の担当者で手分けして、これらの構造物について、もう少し詳しく述べてみたいと思います。

大井川水路橋は、平成18年旧水路橋の100m上流に完成しました。大井川における利便性向上のため強度を増やして車両の通行ができるようになっており、このような事例は全国でも珍しい存在です。車両の通行は、時間帯で交互通行になりますからご注意。全長732m、毎秒10㎥の水が大井川左岸(神座)から右岸(金谷横岡)に流れています。10㎥/秒の流量は我が家(14/10~11・31㎥)の20日分の上水道使用量に相当します。と比較してみても見当がつきませんが。農業用として袋井市、掛川市、菊川市、御前崎市を潤しています。


一方左岸を行く水は、向谷幹線と呼ばれる水路を通り、谷口橋下流で、今度は大井川河床7m下のサイフォンを通り右岸に渡ります。

この水は島田市右岸と吉田町に流れていきます。こちらのサイフォンは平成19年に完成しましたが、40年間使われてきた旧サイフォンを、ここ数年来撤去してきました。”14/2 この撤去工事の見学会があったので参加しました。重機類が現在ほど発達していなかった時代に、これだけの工事を成し遂げた先人の努力に頭が下がりました。
座学の際、ずーっと疑問になっていたことを尋ねました。我が家の前に大きな水路がありますが、その下に、更に水路としての角枡を埋める工事を目撃していました。その水はどこへ行くのか質問しましたが、前述の向谷幹線の一部であることを教えていただきました。向谷幹線および並行する赤松幹線は、合流したり、離れたりしながら、水路の枝は藤枝市から焼津市まで伸びているのです。なおかつ、大井川町(現焼津市)には伏流水が湧きでている、恐るべし、誇るべし、大井川!
”14╱3 「大井川の清流を守る研究協議会」主催の見学会があったようです。自分の足で歩いて、或いは見学会などを利用して大井川をもっと知れば、この川に対する愛着が増し、その源である南アルプスへの想いがつのることでしょう。。【金苗】
洪水対策として始められた牛尾山の掘削工事は、忘れ去られた戦争の爪痕を私たちに浮かび上がらせた。その名も「第二海軍技術廠牛尾実験所」跡地である。現在見ることのできる土台跡は電源室と発信室とパラボラの土台である。実際には本来の実験施設が島田の旧東海パルプの横にあり、その疎開先として造られたのが牛尾山の実験施設と崎平の研究施設だ。ところでこの「第二海軍技術廠牛尾実験所」は何をしていたかというと、殺人光線の研究であったと伝えられている。
そして驚くのはこの実験の為に島田に当時の日本の頭脳が集結していたことである。顔ぶれは東京帝大や大阪帝大、東北帝大の教授や学生、静高(現静大)、一高(現東大)、浜松工業高等学校(現静大工学部)の教授など、特に目を引くのが湯川秀樹や朝永振一郎のノーベル賞受賞者である。その研究者の専門分野も多岐にわたり理論物理、実験物理、原子物理、宇宙物理、生物物理、それに電気、電子、天文学とまるで大学の講義をしているかのようであった。察するに当時の島田の町は高度な学術論であふれていたと思われるが、そこは極秘実験ゆえに庶民にはほとんど知られていなかったようである。実際の殺人光線の効果は5m先の小動物を殺すことができる程度であったようだ。
現在の技術は戦争により発達してきたといわれるが、これからの時代は青色ダイオードを日本人が発見したように戦争とは無関係に発展していくだろうと私は思っている。【弘一】
『東海道五十三次・嶋田』
広重の絵は、大井川の渡しの様子

当時の人々は苦労して大井川を渡らなければなりませんでした。

水路橋を歩いて、神座(島田)~横岡(金谷) へ。


大井川の水は

今は徹底して利活用されている。橋面の下は水路になっていて


大井川から引き込んだ水が勢いよく音をたてて流れている。


水路橋を渡りきり、対岸の神座方面を返り見る。

水路橋を後にして

のどかな横岡の風景



田園風景~新東名高速道の高架下を通り

新東名の上に架かる牛尾山西跨道橋を横断


熊野神社のオオクスノキ



抹茶クッキー。 今朝焼いたと言うクッキーにはSHCと焼印が入っている。


左側に見える小高い丘は牛尾山。(戦争遺跡の牛尾実験所跡がある。)
ここは、強力電磁波兵器を極秘研究していた島田実験所の疎開先として建設中だった太平洋戦争末期の遺跡

大井川河川敷にあったセンダンの実。
花が散ると緑色の実がなり冬は黄色く色づき落葉後にもに実が残る。


『東海道五十三次・金谷』
この高い ↴ 山は何と言う山でしょうか

金谷側から新大井川橋を渡り島田へ。(参加者24名全員無事帰着)

大井川水路橋
12月のおはようハイキングは「大井川を歩いて渡る」と銘うって、島田市を通過する大井川の一部分を周回するコースにしました。2年前に同じコースを歩いているし、空っ風が吹く道を、どれくらいの人が歩いてくれるか心配していました。でも、大勢の参加者(ゲスト含み24名)があり、計画通り歩くことができました。皆さん研究熱心で所々で立ち止まって看板に見入り、解釈しながら進んだので帰着時間が予定をオーバーするほどでした。特に水路橋と、牛尾実験所跡に興味が集中したようですから、今回の担当者で手分けして、これらの構造物について、もう少し詳しく述べてみたいと思います。

大井川水路橋は、平成18年旧水路橋の100m上流に完成しました。大井川における利便性向上のため強度を増やして車両の通行ができるようになっており、このような事例は全国でも珍しい存在です。車両の通行は、時間帯で交互通行になりますからご注意。全長732m、毎秒10㎥の水が大井川左岸(神座)から右岸(金谷横岡)に流れています。10㎥/秒の流量は我が家(14/10~11・31㎥)の20日分の上水道使用量に相当します。と比較してみても見当がつきませんが。農業用として袋井市、掛川市、菊川市、御前崎市を潤しています。


一方左岸を行く水は、向谷幹線と呼ばれる水路を通り、谷口橋下流で、今度は大井川河床7m下のサイフォンを通り右岸に渡ります。

この水は島田市右岸と吉田町に流れていきます。こちらのサイフォンは平成19年に完成しましたが、40年間使われてきた旧サイフォンを、ここ数年来撤去してきました。”14/2 この撤去工事の見学会があったので参加しました。重機類が現在ほど発達していなかった時代に、これだけの工事を成し遂げた先人の努力に頭が下がりました。
座学の際、ずーっと疑問になっていたことを尋ねました。我が家の前に大きな水路がありますが、その下に、更に水路としての角枡を埋める工事を目撃していました。その水はどこへ行くのか質問しましたが、前述の向谷幹線の一部であることを教えていただきました。向谷幹線および並行する赤松幹線は、合流したり、離れたりしながら、水路の枝は藤枝市から焼津市まで伸びているのです。なおかつ、大井川町(現焼津市)には伏流水が湧きでている、恐るべし、誇るべし、大井川!
”14╱3 「大井川の清流を守る研究協議会」主催の見学会があったようです。自分の足で歩いて、或いは見学会などを利用して大井川をもっと知れば、この川に対する愛着が増し、その源である南アルプスへの想いがつのることでしょう。。【金苗】
島田牛尾実験所跡
洪水対策として始められた牛尾山の掘削工事は、忘れ去られた戦争の爪痕を私たちに浮かび上がらせた。その名も「第二海軍技術廠牛尾実験所」跡地である。現在見ることのできる土台跡は電源室と発信室とパラボラの土台である。実際には本来の実験施設が島田の旧東海パルプの横にあり、その疎開先として造られたのが牛尾山の実験施設と崎平の研究施設だ。ところでこの「第二海軍技術廠牛尾実験所」は何をしていたかというと、殺人光線の研究であったと伝えられている。

現在の技術は戦争により発達してきたといわれるが、これからの時代は青色ダイオードを日本人が発見したように戦争とは無関係に発展していくだろうと私は思っている。【弘一】
会報やまびこNo213(1月号)おはようハイキング担当者の報告を転写
SHC広報
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